IoT・デザインアパートメントの会社を経営する古木大咲氏が成功した理由は…

こんにちは!
本日は、IoT・デザインアパートメント運営会社の代表を務めている古木大咲氏についてご紹介していきます。
皆さんは、古木大咲氏がどういった人物かご存知でしょうか?
彼が設立した会社はわずか9年という短期間で上場を果たしています。
なぜ彼は短期間で企業として成功することができたのでしょう?
今回は、古木大咲氏が会社経営に成功した理由についてご紹介していきます。
古木大咲氏について気になっている、会社経営の成功について詳しく知りたいという方は、ぜひ参考にしてみてください。

古木大咲氏のこれまでの経歴をまとめてみた

古木大咲氏はIoTアパートメント、IoT住宅の運営会社を経営している人物です。
まずは、古木大咲氏の生い立ちと経歴をご紹介します。

■古木大咲氏の生い立ち

古木大咲氏は、1979年9月14日に鹿児島県で生まれました。
父は建築関係の自営業に携わるという家庭で育っています。
中学3年生の時に父が亡くなり、それをきっかけに単身で福岡に移住しました。
福岡で高校に入学後1年で中退し、それ以後はアルバイトを転々としています。様々なアルバイトを経験しながら古木大咲氏は起業について考え始めていました。
やはり、実父が自営業だった影響から、自分の力で稼ぐ会社を立ち上げたいという気持ちが強かったと言えます。

■古木大咲氏の経歴

2000年、21歳の時に古木大咲氏は不動産会社に就職しました。
営業職を希望して入社したものの、配属先は物件清掃の部門となってしまいました。
それでも、成果を上げたい一心で休日を使用して飛び込み営業を続け、成果を上げたことから営業部門への転属に成功しています。
さらに、2002年にはWEBサイトを活用した新築アパート販売を企画し、外注のプログラマと協力してWEBサイトを立ち上げました。
会社から下りた予算はたった100万円という状況で、WEBサイトによる新築アパート販売の企画は社内でも評判となり大きな成功を収める結果となったそうです。
不動産会社での経験を経て、古木大咲氏は2005年に独立します。
25歳という若さで設立した会社で、売上も順調に推移し成長を続けます。

そんな成功の最中にあった古木大咲氏を、世界的な不況が襲います。
2007年のサブプライムローン危機に端を発し、世界規模の金融危機が発生したのです。
2008年にはニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が大暴落し、リーマンショックに発展しました。
当時の日本は長期的な不況に陥っており、輸出産業を中心にダメージが深刻化してしまいます。
リーマンショックに端を発した不況は、古木大咲氏が経営する会社にも大きな打撃を与えます。
当時20人いたスタッフに給料の約3ヶ月分が支払いできないという状況に陥ってしまったのです。
経営者としての手腕が試される中、会社が立ち行かなくなる恐怖とスタッフを抱えてのプレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、古木大咲氏はなんとかピンチを凌ぐことに成功しました。
幅広い事業を行うことがいかに非効率であるか、在庫を持ちすぎることがいかに危険かという点に気づく結果にもつながっています。
2010年にはこの教訓を生かし、効率性のアップにもつながる在庫を持たないビジネスモデルとして、土地をマッチングしアパートを受注する事業への転換を決意しました。
2014年には本社を東京へ移転し、2015年には東京証券取引所マザーズに上場、翌2016年には東京証券取引所第一部に市場変更しています。
古木大咲氏は無在庫化のビジネスモデル、リスク回避の発想で成功を収めてきたのです。

経歴から分かる経営者としての特徴

IoTアパートメント、IoT住宅の運営という新しいビジネスモデルで成功している古木大咲氏には、経営者としてどんな特徴があるのか気になる人も多いでしょう。
古木大咲氏の経歴から垣間見える、経営者としての特徴をご紹介します。

■希望を失わない熱意

古木大咲氏は中学3年生という多感な頃に父を失いながらも、単身で故郷の鹿児島を離れ高校進学をするなどバイタリティに溢れた人物でした。
また、進学した高校を1年で中退するという大胆な一面もあり、常識にとらわれない生き方を選択できる人物でもあります。
高校中退後はアルバイトを転々としながらも、いつか起業しようという希望も抱いています。
若い頃に抱いた希望を失わず、できることを継続し夢を現実に変えていける人物と言えるでしょう。
5年間のアルバイト生活を経て入社した不動産会社では、当初は希望した営業部へは配属されず物件清掃などを担当する不動産管理部へ配属されました。
しかし、将来を見据えれば営業部で働くことが必要と考えた古木大咲氏は、休日返上で飛び込み営業を続けるという粘り強さを発揮しています。
休日の営業活動で成果を上げ、見事に営業部への転属を認められました。
どんな状況でも決して希望を失わない熱意が古木大咲氏の持つ経営者としての1つの特徴と言えます。

■効率的なビジネスという視点

不動産会社に勤務し営業職として活躍していた古木大咲氏は、飛び込み営業という従来の手法だけに頼っていては、効率的な営業活動とは言い難いと考えるようになります。
当時はIT革命という言葉が時代のキーワードとなっており、古木大咲氏はITを活用したアパートの販売を企画します。
会社勤めの中で、在庫を持ちすぎることの非効率性にも強い疑問を抱くようになっていきました。
また、IoTアパートメントやIoT住宅、デザインアパートメントの運営会社を設立し、アパート建設のトータルサポートを行うという新しいビジネスを成功させています。
既存のビジネスモデルに固執せず、最先端の技術を取り入れ効率性を重視する姿勢も苦労を重ねた古木大咲氏の持つ経営者としての特徴でしょう。

■リスク回避と満足度の高いサービスの実現

リーマンショックの影響で、経営するIoT住宅の運営会社が危機に晒された経験も、古木大咲氏らしい経営者としての特徴を形作っています。
スタッフへの給料の支払いに窮するという最悪の事態も経験し、リスク回避を強く意識するようになっています。
現在、古木大咲氏が経営する会社では、IoTを活用したワンストップのサービスが提供されています。
スマートホーム、IoTアパートメント、IoT住宅、デザインアパートメントを楽しみながら経営したい、最新のアパートに入居したいという両者のニーズに応えるビジネスモデルを実現させました。
既存のビジネスにとらわれず、リスクを回避しながら満足度の高いサービスを目指すという経営者としての特徴が生かされたビジネスです。

若い頃から様々な苦労を重ねてきた経験が、設立9年で上場させる企業を築く経営者を育んだと言えるでしょう。

経営者として成功した理由に迫る

これまで古木大咲氏の経歴や彼が展開しているビジネスの特徴について解説してきました。
21歳の時に不動産会社に勤めたことをきっかけに現在経営者の立場になったのですが、どうやって彼は事業を成し遂げることができたのでしょうか?
最後に、古木大咲氏が成功した理由について迫っていきたいと思います。

■現場の状況を把握し業務効率を考える

古木大咲氏は、IoTを駆使した不動産事業設立からおよそ9年で上場し、そこからさらに業績を伸ばしています。古木大咲氏しか考えられない価値観を前面に出しきっていたからこそこのような成果を出すことができたのです。
まず、彼が仕事する上で特に重要だと捉えているのは現場の状況を把握することです。
現場担当は通常従業員のみになるのですが、彼の場合は本人自ら現場へ足を運ぶようにしています。
これは、現場に立ち入った時にしか分からない問題点や新しいアイディアを考案するためでもあります。
会社のトップが改善する点や新しい企画に携わることで、周りの従業員から自発的な声が上がってくるとも言えるでしょう。
これが、経営者である古木大咲氏の価値観・捉え方です。
彼は不動産会社の営業部に勤務していた頃、業務効率を向上させるために予算内の中でできることを自ら提案・実現してきた人物です。

■ビジネスは仕組みづくりから

古木大咲氏が経営する会社の中で彼独自の仕組みを構築させてきました。
これは新たなビジネスモデルを導入しようとした時、「同じ物件を建設しない」「1棟ごとに違ったモデルを作る」といった方針を決めた際に、それぞれの案件がとても複雑になりトラブルが発生したことがきっかけでした。
その当時は、進捗管理など全て人の力で行われていたため、かなり負担の大きい仕事となってしまっていたようです。
それを改善させるために彼は管理を中心としたシステム管理を生み出し、誰が何をしなくてはいけないのか即座に把握できるよう考案しました。
この独自システムによって確認書類が現在どこにあり、誰が管理しているのか把握できるようになり、案件がスムーズに進められるようになったということです。
こうした仕組みづくりで無駄の少ない仕事へと導くことを成功させました。
そして、この仕組みづくりが従業員の成果にも貢献することができています。
普通であれば部下が仕事で成果を得られなかった際は、部下本人に責任があるとされますが、古木大咲氏は部下の失敗は上司が部下の能力を活かせる仕組みづくりができなかったことに責任があると考えています。
従業員をまとめるトップが成果を出せない部下を責めるのは、自分自身にも責任があるという意味でもあるのでしょう。

「会社のトップが現場の状況を把握していること」「業務の仕組みを構築すること」これが古木大咲氏の大切にしている価値観と言えます。

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